今日の心がけ~職員のスピーチ~

海外移住の日

2020.01.16

一九〇八年六月十八日、ブラジルへ移住する日本人七百八十一名を載せた笠戸丸が、サントス港に到着しました。
この日を記念して、後に総理府(現・内閣府)が、六月十八日を「海外移住の日」に制定しました。
かつてブラジルのコーヒー園では、アフリカ人の奴隷を農業労働者として重用していました。
奴隷制度が廃止され、農園の労働力が不足した状況下で、ブラジルに渡った日本人を待っていたのは過酷な待遇でした。
しかし、日本人は約束を守り仕事が丁寧なため、やがて「日本人は信用できる」と、ブラジル社会から高い評価を得られるようになりました。
そして、子弟の教育を重視したため、二世三世以下の世代の多くの人たちが医師や弁護士になるなど、様々な分野で活躍するようになりました。
また、日本人がブラジルに持ち込み、品種会医療した野菜は、種類が豊富で、「こんなおいいしい野菜は食べられるのは、日本人のおかげ」と感謝されています。

今日の心がけ◆ブラジル移民の人々の功労に学びましょう
「職場の教養」(一般社団法人倫理研究所より)

海外への移住といえば、アメリカやヨーロッパ諸国への留学から発展するケースや老後を海外で暮らすといったような例を思い浮かべます。
一昔前であれば、日本の植民地支配によるアジア圏への移住があり、軍に守られての拓殖事業でした。
それに対して、南米への日本人の移住は、どこか違和感を覚えたことがあります。

日本から一番離れた地球の反対側の国です。
奴隷制度を廃止した南米諸国と貧しかった頃の日本の利害が一致した国策移住だった訳ですが、移民船が奴隷船のように感じました。
ただ、その当時の日本は、貧しくとも心は豊かで、勤勉実直な志があり、移民そのものは成功とは言い難いもののようでしたが、“信用”という意味で評価を上げたのかもしれません。
その子孫が活躍した例では、ペルーの大統領にまで昇りつめたフジモリ氏がいます。

今は時代が変わり、労働のある日本への移民が徐々に増えてきています。
近隣でも外国人が多く集まる街があり、リトルブラジルとかワラビスタンという表現も聞こえます。
先日、一人暮らしを希望する学生から、外国人が多く住んでいる街は治安が悪くて嫌だと言われ、残念に思いました。

日系ブラジル人が他国で評価を高めてきたように、これからは母国で移住者が幸せになれるよう学びあっていきたいです。

事務局 係長(進路支援担当) 中村 周

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